【知っているようで知らなかった童謡の意味を調べてみた】「歌を忘れたカナリヤ」で何故カナリヤは捨てられる?

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こんにちは。カナエです。

今回は童謡「カナリヤ」について考察したいと思います。

 

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童謡「カナリヤ」の歌詞がちょっと悲しいのは何故?

童謡「カナリヤ」

<作詞> 西条八十 <作曲> 成田為三


歌を忘れたカナリヤは
後ろのお山に棄てましょか
いえいえそれはなりませぬ

歌を忘れたカナリヤは
背戸の小藪に埋け(埋め)ましょか
いえいえそれもなりませぬ

歌を忘れたカナリヤは
柳の鞭でぶちましょか
いえいえそれは可哀相

歌を忘れたカナリヤは
象牙の舟に 銀の櫂
月夜の海に 浮かべれば
忘れた歌を 思い出す


 

カナリヤが捨てられるわけは?

この童謡は作詞家の西条八十が自分の心情を自虐的に歌ったものと言われています。

 

<画像出典>https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%A5%BF%E6%A2%9D%E5%85%AB%E5%8D%81

 

西条八十は1892年に東京、現在の新宿区大久保周辺の大地主の家に生まれました(1978年没)。しかし父親の死後放蕩者の兄や使用人の横領などで家は没落し八十は大学時代には株式投資、結婚後は天ぷら屋を営んで生計を得ていました。

このカナリヤの歌は八十のそうした苦しい時代に作られた歌で、自分は詩を書く仕事をしたいのにお金を得るための仕事をしなくてはならない・・そんな八十の辛そうな姿を見て妻が可愛そうと慰めたのを、八十が自分をカナリヤに見立て(詩を書くのを忘れた自分自身になぞらえて)作ったのではないかと言われています。

 

歌を忘れたカナリヤも自分の居場所を見つけられれば美しい声で再び鳴くだろう、八十はそんな自分の希望を吐露しているのです。

 

八十がこの詩を作ったのは子供時代の思い出もあると言われています。それは幼い八十がクリスマスの晩に教会に行ったとき、煌々と明るい電灯の灯るなかで八十の頭上の電灯だけが消えていて寂しかったというものでした。八十はその思い出からにぎやかに鳥たちが鳴いているなかで一羽だけ鳴かない哀れな小鳥を連想してこの詩ができたとも言われています。電灯を鳥になぞらえるなんて八十だからできた発想かもしれませんね。しかしこの逸話は間違って伝えられた、とも言われています。

(参考資料 Wikipediaなど)

ところでカナリヤってどんな鳥?

カナリヤは美しいさえずりで知られる鳥。その鳴き声は高く細く、ピーピー、ピロロと聞く人の耳に心地よく響きます。姿も綺麗で観賞用として人気のある鳥ですよね。現在でもインコや文鳥などとともにペットとして可愛がられています。

 

 <画像出典>https://xtech.nikkei.com/atcl/nxt/keyword/18/00002/081900087/

 

明治から大正時代くらいの日本では、炭鉱で働く人が有毒ガスを感知するために人間よりも敏感なカナリヤを籠に入れて坑道に入るという、いわゆる「炭鉱のカナリヤ」として人間の役に立っていました。今はガスの検知器が出来たことでカナリヤもそんな役目から解放されましたが、カナリヤがとっても繊細な鳥であることがうかがえます。

カナエの子供時代(昭和30年代)ではカナリヤを家で飼っている家というとちょっと洒落たお金持ちの家、というイメージがありました。洋館で髪にリボンとつけた女の子がピアノを弾いているそばに置いてある鳥かごにはカナリヤ・・なんていうイメージですね。

 


 

鳥の思い出

鳥関連でいうと、余談ですがカナエの小さいころ(小学校に上がるか上がらないかの頃)文鳥を飼っていました。

「文ちゃん」と呼んでいた頭が黒くて羽の茶色いつがいの二羽で、ある朝雨戸をあけたら庭の木の枝に止まっていてすっと手に乗ってきた「手乗り文鳥」と呼ばれる鳥でした。

もともと誰かが飼っていたところから飛んできたらしく人懐っこくて可愛らしい。家で人気者になりましたが(籠から出しても逃げ無いし)、やはり前の飼い主さんに可愛がられていた鳥で、その飼い主さんがうちにいるのがわかると連れ戻しにやってきたんですね。

そのお宅にはカナエよりも年上の女の子がいて、どうしても返してという目でカナエ達家族を見ていました。もちろん返すことになったのですが、カナエは嫌だと大泣き。その女の子も泣いて大変な騒ぎでした(うっすらと覚えているだけですが・・)。

 

カナエを不憫に思ったのか、母親が真っ白な文鳥を一羽買ってきてくれて飼うことになりましたが、この鳥は全く慣れず籠に指を入れると怒ってつついてくる。ある日籠から出したら飛んで行ってしまいました。

その後父親がジュウシマツを何羽か飼いましたが、こいつらは自分の卵を食べちゃう始末の悪いヤツラで、その後はもう鳥は飼わなくなりましたね😅。

いまでも最初の二羽が枝に止まっていた様子がおぼろに浮かぶよう・・本当に可愛かったなあ、としみじみ思います。

 

 

・・という余計な話でしたがカナエはこの童謡をずっと勘違いしていて、「歌を忘れたカナリヤ」は実は大正時代の歌手の女性のこと(竹久夢二の絵のような女性)を謳っているんじゃないかと勝手に思ってました。

きゃしゃで綺麗な女性の歌い手さんが可憐な声が出なくなって涙する・・この歌からはそんな場面をイメージしていたんです。作詞家ご本人の象徴的な詩だとは思わなかったですね。

 

ちなみに西条八十さんはその後も作詞家として多くの童謡や歌謡曲を残しています。

童謡・・「肩たたき」「水たまり」「おみやげ三つ」「お月さん」など
歌謡曲・・「東京音頭」「誰か故郷を思わざる」「志那の夜」「青い山脈」など

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