【知っているようで知らなかった童謡の意味を調べてみた】山寺の和尚さんはなぜ猫を蹴るの?

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こんにちは。カナエです。今回は久しぶりに童謡について書きたいと思います。

この間ユーチューブでラップを踊る和尚(おしょう)さんの動画を観てお寺も檀家が減るし話題づくりが大変だなと思ったのですが、そういえば童謡に❝山寺の和尚さんが毬は蹴りたし毬は無し・・❞というのがあってその和尚さんは猫を蹴ってたなあ😅と思いだしたんです。

今も昔もヒートアップした和尚さんがいたんだと思っちゃいました(‘◇’)ゞ。

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山寺の和尚さん、猫を蹴っちゃまずくない??

♪♪♪ 山寺の和尚さん ♪♪♪

「山寺の和尚さん」の歌詞は   <以下 敬称略>

山寺の和尚さんが
毬(まり)はけりたし 毬はなし
猫をかん袋(紙の袋)に 押し込んで
ポンとけりゃ ニャンとなく
ニャンがニャンとなく ヨイヨイ

山寺のタヌキさん
太鼓打ちたし 太鼓なし
そこでお腹を チョイと出して
ポンと打ちゃ ポンと鳴る
ポンがポンと鳴る ヨイヨイ

このわらべ歌は久保田宵二が作詞、服部良一によって作曲されて1937年にコロムビア・リズム・ボーイズの歌でレコード発売されました。服部良一と言えば昭和の時代の有名な作曲家ですよね。そんな人がこのわらべ歌を作ったの?もっと昔の歌だと思ったよ・・と考えていたら

・・もともとの歌詞は江戸時代に流行ったぽんにゃん節からきているんだそうです。

🌼山寺の和尚さん(ぽんにゃん節)

山寺の    和尚さんは毬(まり)がお好きで    毬はなし猫を紙袋(かんぶくろ)に    へし込んでポンと蹴りゃ    ニャンと鳴くニャンポン    其処(そこ)にかわしゃ    此処(ここ)にさらば一貫    貸しました

さすがに曲自体は服部先生がつけたのでリズミカルでいかにもプロの作ったモノという感じですよね。そしてこの歌は歌謡曲にもなっていて歌詞の二番目は童謡とは違っています。

🌼山寺の和尚さん(歌謡曲バージョン)>

歌詞二番目

入り婿の 旦那さん
酒は飲みたし 酒はなし
渋茶徳利に 詰めこんで
グッと飲んで ペッとはく
ペッが ペッとはく  ヨーイヨイ

歌詞三番目

色街の お酌さん
太鼓打ちたし 太鼓なし
可愛いお腹を ちょいと出して
ポンと打ちゃ ポンと鳴る
ポン ポン ポンポン ポン ポン  ポンエー
(以下スキャット)

猫を蹴ったなんていう歌詞は今だと動物愛護団体から怒られそうだけど江戸時代に歌われたものでは仕方ないですね。でもなんでこんな歌が出来たんでしょうか・・

山寺の和尚さんについての怖い言い伝え

たいてい昔のわらべ歌には怖い話がつきものです。この「山寺の和尚さん」にもそれっぽい話がありました。この童謡の和尚さんは大生寺の第八世、蔦道和尚だとも言われているのです。

その蔦道和尚は白隠という有名な老師のところで修行した際にあまりの厳しさに病にかかってしまいました。精神を病んだ和尚のありさまが袋に入れた猫をけって遊んでいるようだと歌にされてしまったようなのです。なんか狂った人間の様子が想像されて恐ろしいですね。でも病気でありながらも修行を続けた和尚は苦労の末に皆から敬われる立派なお坊様になったんだそうです。

これはあくまでも一説のようですが・・まあ江戸時代と言えば飢饉などもあって庶民の生活は大変でしたから食いっぱぐれの無いお坊さんなどは揶揄される対象になったのかもしれません。

❝毬は蹴りたし❞なんて山寺で人もあまり来ないから暇だなあ、毬でも蹴って遊びたいんだけど毬もないから猫でも入れて遊んじゃおうか、などと庶民から歌われてしまったのかなあ??なんてカナエ的には思いますが(´▽`)。

作曲家・服部良一さんってどんな人?

ちょっと豆知識

「山寺の和尚さん」は歌詞に問題があるものの曲はとっても楽しくて覚えやすいですね💛。作曲した服部良一さんの才能を感じます。・・で、どんな人なんだろうと調べてみたらすごい方だったんです。

作曲家・服部良一

1907年(明治40年)大阪生まれ、1993年(平成5年)没。85歳。

<画像出典>
https://ja.wikipedia.org/wiki/服部良一

まさに昭和の音楽史に燦然と名前を刻む偉い方。作った曲数も膨大で耳覚えのある曲もたくさんありました。戦後復興期のドキュメンタリーなどで流れる「東京ブギウギ」「銀座のカンカン娘」、そして「青い山脈」や「一杯のコーヒーから」など、その作曲の範囲は歌謡曲からクラシック、童謡や学校校歌まで多岐のジャンルに渡っています。

昔の曲って歌詞がわかりやすくて覚えやすいです。カナエは「銀座のカンカン娘」という曲が好きでした。

あの子可愛いやカンカン娘・・赤いブラウスサンダル履いて・・

この「カンカン娘」っていうのがなんなのかがわかりませんでしたが、調べてみたら終戦後街娼となった貧しい女性を指した呼び名でした。明るい曲調の中に人間の悲哀が込められていたんですね。それは山寺の和尚さんにも通じているようにも思います。

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